4月27日に放送された第1集の最後で、第2集が「老い」の話題を扱うと聞いたタモリさんは「次は老化をやるの? 切実な問題なんで、早めにお願いしますね」とコメントし、スタジオの笑いを誘っていましたね。
この日本では2人に1人がそう思っているでしょう。今現在、人口の半数以上が50歳以上になっているのですから。
この地球にある全ての生物を作り上げている細胞。
第1集では細胞ひとつを動かしている細胞内キャラクターたちの世界を覗くことができました。
でも、私達の身体は細胞ひとつではできていません。複雑で繊細な人の命の輝きを生み出しているのは、約40兆個の細胞たちです。
細胞たちが集まり人の命として輝くのと同時に、なぜ老いや死を抱えなければならなくなったのか。今回の番組では、人間の命が背負った宿命の物語を解き明かします。
細胞40兆個 限りあるから命は輝く
まずは85歳の世界的指揮者、コバケンさんの、舞台での輝きと、裏側では隠し切れない老いの話から始まりました。
誰もが逃れられない老いの宿命とは。
炎のコバケン~小林研一郎さんの老いとエネルギー
「炎のコバケン」として知られる世界的指揮者・小林研一郎さん(85)に、2024年の大晦日、たった一人でベートーベンの交響曲全9曲を1日で指揮するという、過酷なコンサートのオファーが舞い込みました。
以前ロンドンフィルの指揮のために訪れたイギリスで階段を踏み外して転落して打撲し血だらけになった話、マッサージを受けながら痛みを抱えているシーン。コンサートの話が来た時の85歳としての弱音。
しかし、練習で指揮をするコバケンさんが演奏者と向き合い音楽を追求する姿勢には、鬼気迫るほどのエネルギーを感じます。
老いとは何なのでしょうか。
最新研究により分かってきた事があります。
研究の最前線を徹底取材! 老化の治療薬?!“究極の若返り”の研究
いま研究によって、老化のメカニズムがどんどん解き明かされています。
カギを握るのは「老化細胞」という、分裂をやめた細胞。
年齢と共に増えてくるこの老化細胞は、独特の化学物質を出しているそうです。
この物質は、周囲の細胞に炎症を起こさせ、老化に関わる病気の原因となっていることが解明されました。
老化細胞に働きかける研究は飛躍的に進み、ひとつの薬が出来ました。
慢性炎症の原因となる老化細胞を除去するものです。そして今、臨床試験にまで進んでいるというのです。
この薬の投与で、肺に疾患がある高齢者で、運動機能が改善するなどの効果が報告されました。
マウスによる実験では明らかに運動機能が若返り、内蔵機能まで回復するという効果が示されたのです。
この薬以外にも、老化治療薬の研究が世界中で加速しており、人体のより根本的なしくみに踏み込んで老いの本質に迫ろうとしている研究者もいます。
注目したのは分化という仕組み。
分化とは~受精卵が人間の身体を構成する専門家に至る道
人間の細胞は、受精卵から細胞分裂を繰り返し、最終的には究極の専門家になります。
たとえば鼻の中のニオイを感じる細胞。突起ができて細胞分裂している途中の形とは似ても似つかないものになります。
専門の仕事を持つと、形もユニークになる。しかし、専門の仕事を持つと、もう分裂はできません。老いていくだけになるのです。この一方通行のシステムが分化です。
耳の有毛細胞も同じです。毛の振動より音を神経に伝える有毛細胞も、究極の専門家。大事な毛をすり減らしつつ音を届けてくれます。
しかし、すり減ってももう分裂はできません。
そして、徐々に耳の聞こえが悪くなっていく。これが老化なのです。
では、分化をしなければ老化しないのでしょうか?
その通りです。分化をしなければ老化しない、例えば大腸菌は老化しないのです。
老化しない細胞~大腸菌
大腸菌は単細胞生物。細胞1つでできた分化しない生物です。
細胞分裂で増殖しますが、分裂をした瞬間から二つの細胞には区別がなく、親も子もなく、老いや死の概念もないのです。
では、老いや死のない大腸菌と、老いや死を抱えている人間、どちらが望ましいのでしょうか。
老いや死と引き換えに、人間はとても大きなものを得ました。
たとえば美しい音楽を聴く時、耳の中では有毛細胞が大切な毛をすり減らしつつ音を届けてくれます。目の細胞も、筋肉の細胞も、それぞれが分化によって専門家となり協力しあう事で、人間の高度な機能を支えているのです。
人間の高度な機能を支える細胞、解ってきたその種類とは
今まで200種類あると言われていた私達の身体の細胞が、実はもっと多くの種類があることがわかってきました。たとえば、これまでひとくくりにされてきた脳神経細胞、それだけでも3,313種類いることが判明しているそうです。
この多種類の脳神経細胞によって、私達の心や精神ができています。
老いや死を背負うという巨大な代償、でもそれと引き換えに人生を楽しめる豊かな心と身体を得た。それが私たち人間なのです。
「炎のコバケン」大晦日12時間コンサート 人間のエネルギーの源とは?
ベートーベンコンサートの日、12月はコンサート続きで85歳という年齢には厳しい状態。
お子さんにも生きて帰ってこいと言われた、と、疲れがにじむコバケンさんの表情は、85歳のそれでした。
しかし、13時から23時半までという長時間のコンサートを、コバケンさんは成し遂げました。舞台での気迫ある指揮、人体に湧き上がるこのエネルギーの源はいったいどこにあるでしょう。
人の筋肉細胞1個が瞬間的に使うエネルギー量は、大腸菌1個のおよそ1億倍に達することもあるそうです。
大腸菌にはなくて、私達の身体にはある、このエネルギーを司っているものは何か。
それはミトコンドリア。
私達の命が輝きを放つためには、多様な細胞たちがいて、その中にいる細胞内キャラクターたちがいます。そしてそのキャラクター達を動かしているのが、ミトコンドリアなのです。
ルックスはまるで赤くて巨大な明太子。

大腸菌の1億倍の命の炎、その源はミトコンドリア
かつて教科書では緑色に描かれることが多かったミトコンドリアですが、実際はミトコンドリアの中にシトクロムCという色素が含まれており、明太子のような色味なのだそう。
前回の放送で命の最小単位は細胞、細胞の中には命はないという話しでしたが、このミトコンドリアは実は元細胞。
太古、微生物が私達の細胞に入り込んで共生し、細胞内キャラクターを動かすエネルギー製造を請け負ったというのです。
ミトコンドリアの中はまるで工場のような動きをしており、ATPという分子を製造しています。
様々な細胞内キャラクターはミトコンドリアの放出するこのATPによって動かされているのです。
また、ミトコンドリアは弱っているミトコンドリアを助けることもわかっています。
弱ったミトコンドリアに元気なミトコンドリアが接続する事で、弱った方をまたATPを製造できる状態にできるそうです。
予定より4週間早く産まれて心臓の働きが弱い乳児がいました。心臓の細胞は特にエネルギーが必要なため、ミトコンドリアの働きが欠かせません。そのミトコンドリアに問題があると考えられたのです。
そこで瀕死の状態にあった乳児に、元気なミトコンドリアを移植するという世界初の手術が行われました。
手術は成功し、2日後、乳児の心臓は正常に動き始めました。
同様の治療は10人以上に行われ、十分な成果を得ているそうです。
そして、ミトコンドリアは他の細胞に移動できること、細胞から細胞に移動しながら助け合っていることも解ってきています。思考のないはずのミトコンドリアがこのような動きをするメカニズムもいずれ解明されそうですね。
1億倍のエネルギーを出すミトコンドリアがATPを作るために必要なこと
ミトコンドリアがATPを作るために必要なものがあります。そのひとつが酸素。
化学反応により酸素をATPに変え、二酸化炭素を排出しているのだそうです。
私達が呼吸をするのは、ミトコンドリアが酸素を必要としているから。そして、ミトコンドリアが二酸化炭素を出すからなのです。
呼吸を意識してみてください。吸うことで酸素をミトコンドリアに届け、ミトコンドリアが細胞内キャラクターにエネルギーを供給し、ミトコンドリアが出した二酸化炭素を吐く。そしてまた吸う。
谷川俊太郎さんも言われていた呼吸の大切さが、改めて分かりました。
ミトコンドリアと老いと死の関係とは
私達の莫大なエネルギー消費を支えるミトコンドリアは、大腸菌にはありません。
でも同じ単細胞でも、ゾウリムシや酵母はミトコンドリアを持つそうです。そして私達と同じく、老いて死ぬ宿命を持っているそうです。
なぜミトコンドリアがあるだけで老いや死を抱えることになっているのでしょう。
それは、ミトコンドリアはエネルギーを産む過程で細胞を傷つける物質を出しているから。
ミトコンドリアは、老いや死とひきかえに人生の楽しみをもたらしてくれたのです。
それこそが、コバケンさんが舞台の上で爆発的なエネルギーを出せる秘密、私達の命の輝きの正体なのです。
命の輝きとは何か
半世紀以上も世界の第一線で活躍してきたコバケンさん。長い間一途に追及してきたことでようやく見えてきた世界があるそうです。
やっぱり40のときってわからないことばかりなんですね
60くらいで少しわかってきて
80になってもう少しわかってきて
ベートーベンの降臨とか、マーラーの降臨とか
この1つの音はここでこうつながっているからこうなんだとか
40のときはわかりませんでした
それぞれの楽器に人生を支えてきたメンバーたちとひとつの音楽を目指します。
命ってどれだけひたむきになれるかっていう追及する心だと思うんです
それの強さによって自分の身体がそっちの方を向いて
ありとあらゆる細胞がそちらに向くから
ひとつの凝集の世界をみることができるのかもしれないと思っています
もっと やりたい
人間って おもしろいふうにできていると思います
ベートーベンの人生を辿るコンサート、最後の交響曲第9番~第九の演奏をしているコバケンさんを観て、彼の言葉を聞いて、そして第九を終えた後の笑顔に、とても感動しました。

身体が動かなくなる、目が見えなくなる、自分にとってのウェルビーイングを目指して日々を大切に生きていても、いずれ避けがたい老いがやってくるかもしれません。
しかしその老いを受け入れて、エネルギーを爆発させるべく、がんばってくれている細胞たちと一緒に、命を全うしていきたいと、強く思いました。
ミトコンドリアの出すATPで、感情の素をキネシンが運んでいるのですから、意識や芸術に対する感受性は、ミトコンドリアの存在なくしては成り得ないのです。
それは大腸菌にはできない事。大腸菌では得られない感情。
老いと死が待っているとしても、命の輝きと共に、日々を全うして積み重ねていきたいですね。
あなたはあなたの限りある命を、細胞たちと一緒に、どう輝かせますか?

「人体Ⅲ」は、NHKプラスで1週間の見逃し配信が行われています。
→ NHKプラスはこちらをタップ
見逃し配信期間の終了後は、1年間はNHKオンデマンドでご覧いただけます。
有料サービスですが、興味のあるかたはぜひ、NHKオンデマンドのページをチェックしてみてくださいね。
→ NHKオンデマンド(Amazon Prime Video)はこちらをタップ
次回は第3集 あなたの身体はどこから来たのか。それを辿ると、40億年もの間途切れずに繋がってきた命の旅の全貌が見えてきます。
みなさんも、ぜひご覧になってください!
これからの放送予定はこちら↓
第3集 命のつながり 細胞40億年の旅
5月25日(日) [総合] 午後9:00~9:49
第4集 果てしなき命の探求
6月8日(日) [総合] 午後9:00~9:49